東京大学 教育学部総合教育科学科 徳川詩織さん | :スクスクのっぽくんスクスクのっぽくん
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現役大学生に聞く!学ぶ力の育て方!このコーナーでは、スクスクのっぽくん取材チームが現役大学生のもとに伺い、
            【学ぶ】についてお聞きしました。そして将来の夢についてインタビューいたします!是非、ご覧くださいませ。

学ぶ力 ファイル

勉強しなさいと言われた事は1度もありませんでした

大学4年生の徳川詩織さんは3年生の時にミス東大に選ばれ、メディアにも多く登場し脚光を浴びた。しかしそんな華やかなイメージとは違い、お話を聞いた徳川さんは物静かで聡明、落ち着いた物腰の長身の美人。 お菓子作りと手紙を書くのが大好きで、それは人に喜んでもらうことが嬉しいからだという。
「お菓子を誰かにあげて喜んでもらえたらそれで嬉しいんです。単純に誰かのためになることが好きで…。手紙は、主に今は高校時代の友人と文通をしているんですが、可愛いレターセットで文字を綴って相手が楽しんでくれたらいいなって思っています」。
かたやダンスサークルに所属するアクティブな一面も持つ。高校入学時に「目指す大学が無い場合にとりあえず志望校は東大と書く」という文化のなかで“東大”と書き、そのまま自然と目指すようになり、結果東大しか受験せず一発合格。その裏には周りへの感謝の気持ちを忘れず努力し続ける努力家の一面と、曲がったことが大嫌いで弱い物を助けたいという強い正義感に裏打ちさせた意思の強さがあった。
  • 今の進路を選んだきっかけターニングポイント
  • 受験ヒストリー
  • 合格時のエピソード
  • 今夢のために学んでいる事

徳川詩織さんのターニングポイント

中学時代に見た映像と部活で味わった辛い経験

中学時代に見た映像と部活で味わった辛い経験 お兄ちゃんとお姉ちゃんを持つ3人兄弟の末っ子の徳川さんは兄姉が読んでいた本を自然と自分も読むようになり、本の世界が大好きになった。幼い頃から 学級委員や生徒会役員などを務めるなど、その美貌もさることながら明朗活発な性格は人気の的で目立った存在だった。
勉強は特に塾などは行かずとも常に上位。習い事はピアノを5歳から高校一年生まで続けたのと、水泳を 小学校1年生から4年生まで習っていた程度。ほとんどの時間を公園などで友達とのびのびと自由に遊ぶ子どもだった。ただし、根っから真面目な性分で宿題と次の日の学校の準備は欠かさなかった。親に言われずとも必ず行っていたという。 学校の勉強は新しいことがどんどん分かるようになるのが嬉しくて授業も好きで学校に通うこと自体が楽しかった。両親から「勉強しなさい」と言われたことは一度もなく、逆に頑張りすぎて「早く寝なさい」と注意されることがたびたびあったほど。 中学時代に経験した吹奏楽部の部長として上手く部をまとめられなかった経験とアフリカの子ども達の現状を伝えるビデオを見たことが現在の自分を作っていると語る。 「失敗体験はありますか?と聞かれた時に必ず答えるのが中学時代、部長として部をまとめられず不完全燃焼のまま卒業してしまったという経験です」という徳川さん。自分の力不足から同じ部のみんなのやる気を高めることができず、最後の大会に出場できなかったことが今でもとても心残りだという。
「私がリーダーに向いていなかったということがよくわかり、自分に向いているのは調整役なんだな…、ということを知れたことはとてもいい経験だったと思いますが、自分がもっとみんなのことを理解できていれば、もっとみんな部活に打ち込むことができたんじゃないかな…って、今でも思い返して責任を感じることがあります」。
もっとこうすればよかったと、悩んでいたこともあったが、今ではあの経験があったからこそ、現在の自分があるとも思えるようになったという。 もう一つのターニングポイントは中学一年生の時に学校の授業で見たアフリカの子どもの現状を伝えるビデオ。貧困と飢餓にあえぐ子どもを見た時に、衝撃を覚えたという。 「日本人は豊かで食に困ることもなく、幸せに暮らしているのにこんな不平等があっていいの?って、怒りがわいてきました。日本人には困っている世界中の人たちを支援する義務がある。とその時強く感じたんです」真面目で正義感があり、経験を顧みて己を分析する。その上で、自分がベストを尽くせる場所はどこにあるのかを認識し、そこに向かって努力する。そんな徳川さんの素地はこの頃すでに出来上がっていたのかもしれない。

徳川さんの受験ヒストリー

“部活”も“勉強”も“学校活動”も全部頑張りたかった

“部活”も“勉強”も“学校活動”も全部頑張りたかった 中学時代は塾に行かずともクラスで1,2番の成績で中3の7月から受験対策のため塾に週一度通いだした。学校から帰って毎日3時間程度勉強し、みごと県内でも有数の進学校に合格した。高校生活はとても充実していた。県の大会で毎年1位に輝くというESS(英語部)という英語で劇やディベートなどを行う部活に入部し、部活に打ち込んだ。英語劇は自分たちで脚本からすべて創り上げ、徳川さんはヒロインを務めたことも。
「高校は優しい人が多かったです。全力で物事に取り組む人が多かったようにも思います。とにかくみんな自分たちのやりたいことに一生懸命で勉強だけでなく、部活動などにも力を入れていて本当に楽しかった!素晴らしい高校生活を送れたと思います」。多くの友人、先輩、後輩に恵まれ充実した高校生活を送った。
しかしそれは両親を心配させることにもなったという。
「すべてに手を抜きたくなくて、寝る時間を削ることにもなったりして…親からは早く寝なさいと言われたこともありました。私が頑張りすぎることを心配してくれていたんです」。 高校入学時に志望校は東大と書いてから、毎日、部活が終わる18時半頃から塾へ行き、1~3時間程度勉強した。塾は通信制の学習塾だったがDVDだけを見るという授業形態が合わず、ほとんど自習する場所として使っていたという。
“部活”も“勉強”も“学校活動”も全部頑張りたかった 「周りもみんな勉強していて刺激がもらえたので通っていました」。 高校二年生の時に東大の女子学生のためのオープンキャンパスに参加。学習環境を見学し先輩の話なども聞いて、ここでなら恵まれた状態で大学生活が送れると感じ、東大受験を本格的に決めた。外語大などのパンフレットも取り寄せたりもしたが、両親から「私立には行かせられないよ」と言われ、東大一本に絞った。
高校三年生の6月まで部活を頑張り完全燃焼した後、本格的な受験勉強をスタート。毎日部活にあてていた時間はそのまま受験勉強の時間にスライドした。授業が終わるとそのまま学校の図書室に残り勉強。周りの友人たちもみんなそこで勉強していて刺激になったことと、先生がみんな協力してくれて分からないところがあるとすぐに教えてくれたことが良かったという。
「先生から“受験は団体戦だ”と言われました。ひとりで頑張るんじゃない。みんなで頑張るんだ、と。本当にそう思います。みんながいなかったらあんなに頑張ることはできなかったと思います」。
学校が18時半に閉まるとそこから塾に行き、21:30頃までまた自主勉強。家に帰って24時頃寝て翌日は6時に起き7:30には登校しまた図書室で授業が始まるまで勉強した。
「不思議と集中力が途切れることや勉強が嫌になることはありませんでした。それよりも私をこんなにも多くの人が支えてくれている、と思うと勉強しなきゃ!とさらに力が入りました」。
そんな状態は2月まで続き、東大のみを受験し見事現役合格することとなる。

高校生の時の勉強時間

高校1年生
部活が楽しくてしょうがない!18時半まで部活に打ち込み、家に帰ってきてから予習復習を1~2時間程度毎日行った。
高校2年生
相変わらずの部活メインの生活。夏に東大のオープンキャンパスに上京し本格的に東大受験を決めた。
高校3年生
6月に英語部で県大会1位を獲得し有終の美を飾った後は、本格的に受験勉強スタート。毎日放課後16時頃から22時頃まで勉強した。朝は7時には登校して図書室で授業が始まるまで自習。

よく勉強した場所、お気に入りの場所

刺激をくれる友人や先生がいるから、学校の図書室や塾で勉強をすることが多かった。 分からないことがあるとすぐに教えてくれる先生やちょっとした合間の休憩時間に友人と雑談を交わすことが良い気分転換になったという。

モチベーションを上げる方法

「勉強が嫌だ」ということはなかったが、思うように勉強が進まない時には、机に貼っていたポストイットに書いた自分を支えてくれる人とたちの名前を見ると、自然と元気とやる気が湧いてきた。 「私はこんなに多くの人に助けてもらっているんだ!もっと頑張らなくちゃ!という思いが私を強くしてくれました」
両親との関わり、サポート

合格した時のエピソード

受験前日はあまりよく眠れなかった。
「ここまでやったんだから最後は自分を信じて臨むしかないと思い、何とか落ち着いているつもりだったので、(受験前日も)そんなにドキドキしないかな、と思っていたんです。でも、いざ受験の前の日になってみると思っていた以上に緊張していたみたいで、ベッドに入っても2、3時まで寝られませんでした(笑)」。

合格発表はインターネットで。13時に発表だからと自宅のパソコンの前でスタンバイしていると一本の電話が。先生からの「もう発表されてるよ!」という報告で拍子抜けしたそう。「フライングで13時前に発表になっていたみたいなんです(笑)」。

その時、パートに出ていたお母さんは不在で、自宅には同居しているおばあちゃんとふたりだけ。

「(先生の報告に)「えっ!」と驚いて、どきどきしながら急いで一人でパソコンで検索し、自分の番号を見つけたとき、とても嬉しくて、そのとき自宅にいた祖母と抱き合って、泣いて喜んだのを覚えています。」

両親にも電話で報告。普段寡黙であまり感情を現さないお父さんが電話の向こうで言葉につまっているのが分かって、その時初めて自分もグッときた。お母さんに「今までで一番嬉しいでしょう」と言われて、冷静に考えた時に、それはそうではないなと思ったという。

「高校の伝統で3年生の夏に文化祭を行うのですが、それがクラス対抗戦になっていて競い合うんです。自分たちで脚本から大道具、小道具、衣裳などすべて作ります。その文化祭までの一週間、みんな勉強はほとんどせず、準備に打ち込むんです。私は主演女優をやらせていただいたのですが、私たちのクラスが大衆賞に輝いたんです!本当に感動して嬉しくって…あれが今まで生きてきた中で一番嬉しかったことだと今でも思います」。

あの時期があったからこそ大変な受験勉強を乗り越えることができた。文化祭は母校の素晴らしい慣習だと思う、と語ってくれた。

徳川さんが学んでいること~そして夢のために~

教育学部総合教育科学科 教育社会科学専修 養育 実践・政策学コースで教育について学んだ徳川さん。 中学時代からの決意は変わらず、アフリカの政治、 経済を支援するミレニアムプロミスジャパンユース というNPO法人に所属し活動。大学3年生の時には ガーナにも行った。そして就職は途上国への国際協 力支援をする団体に決めた。相手国政府と交渉して 学校を建設したり、教育方針を考えたりする仕事を していく。将来は国の垣根を越えて多くの人と信頼関係を築ける人間になりたいという。 「学校建設の支援をするためには教育分野はもちろん、土木や農業などのスペシャリストにならなければいけないと思います。でももしそれぞれのスペシャリストになったとしても、人間関係で信頼関係を築くことができなければ、いいものは創れないし、いい学校なんて建設できないんじゃないかって思っているんです。だからこそ信頼されるに足る人間に成長していきたいって思っています」。

編集後記

東大前の小さな喫茶店の2階で取材に応じてくれた徳川さん。中学時代からの意思を貫き、大きな夢に向かって羽ばたこうとしている姿はとても眩しくて教えられることが多くあり、我々にとっても本当に有意義な時間となりました。将来どこかでその活躍を見ることができるのを楽しみにしています!
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