
恭子さんは、これからどのような活動をしていきたいのだろうか。
「水泳をずっとやってきて、スポーツを通して、人との付き合い方など・・・自分が学んだことはすごくいっぱいあるんですね。それが本当に大きな財産になっているので、それを色んな人にわかってもらえたらうれしいですし、私が伝えることによって、スポーツを始めるきっかけになったらいいな、と思います。だから、水泳に限らず、スポーツというものを広めていきたいな、と思いますね」
恭子さんにとって心に残っているオリンピックというのは、意外にも金メダルを獲得したバルセロナオリンピックではなくて、アトランタオリンピックのほうだという。
バルセロナオリンピックのとき以上に出場したいと強く願い、それが叶って出場できたのがアトランタオリンピックだった。あくまでも、仮定の話だと前置きしたうえで恭子さんは語ってくれた。
「もし、アトランタに出ていかなかったら、その後も(オリンピックを)目指していたのかもしれないな、とも思うんですけど・・・。やっぱり、私はアトランタを一つの区切りとして、選手をやっていて良かったな、と思えたので。
そういう、自分で誇れるものというか、頑張ってきたものがあるので、それがすごく自信になったと思うんですよね。アトランタがなければ、私はこういう仕事もしていなかったでしょうし」
お姉さんのあとを追うようにして始めた水泳が、恭子さんに与えてくれたものは計り知れない。オリンピックなどの大きな大会ではもちろんのこと、他の選手と一緒に過ごした合宿生活でも、そして普段の練習の中でも、様々なことを学ぶことが出来たという。
スポーツの伝道者として、恭子さんはこれからどんなコースを泳いでいくのだろうか。いま目の前に広がるコースには、かつてあったような確かな目印はない。だが、恭子さんならたくましく泳いでいけるのだろう。
スポーツを通して得た確かな自信があるのだから。