駒田徳広さんが野球を始めたころ:スクスクのっぽくん

プロに聞く! 駒田徳広プロフィール

1962年 奈良県に生まれる 1981年 読売ジャイアンツに入団 1994年 横浜ベイスターズへ移籍 2000年 2000本安打を達成 2000年 現役引退 2005年 東北楽天ゴールデンイーグルス打撃コーチ 現在 解説者などで活躍中。名球会会員。

駒田さんの通っていた小学校には野球部はなかった

野球のルールを覚えたのは幼稚園の年長くらいだった、と駒田さんは記憶している。
だが、本格的に野球を始めることになったのは、中学生になってからである。
プロ通算で2000本安打を放ち、名球会入り果たした選手であることを考えれば、駒田さんが真剣に野球に取り組み始めた時期はとても遅かったようにも感じられる。

駒田さんの通っていた小学校には野球部はなかった。
学校から帰ってくるなり、ランドセルだけ置いて家を飛び出し、公園で友達と野球をする。
そんなことはよくあったが、あくまでも野球は数ある遊びの中の一つに過ぎなかった。

逆に、傍から見れば、駒田さんは水泳の練習に精を出していたのではないかとさえ思えてくる。
駒田さんの通っていた奈良県にある小学校は、当時の公立小学校の中では唯一、温水プールの施設を持っていた。
駒田さんは1969年の4月に小学校に入学して、1975年の3月に卒業しているわけだから、その時代に温水プールがあるというのがいかに珍しいのかがわかるだろう。

駒田さんは、小学3年生の冬から水泳をはじめた。
奈良県の中でも3位か4位くらいには入る成績を残していたが、それではつまらないと駒田さんは感じていた。
自身の通う小学校での成績が、県内での成績とほぼ同じくらいだったことも影響した。
結局、小学校を卒業するときに水泳をやめてしまうのだが、小学生のときに水泳を習っていたことについて駒田さんはこんな風に考えている。

「偶然なのかもわからないけど、草野球程度の野球と水泳をやっていたというのは非常にバランスが良かったのかもしれないな」

なぜ、駒田さんはそのように考えるのか。子供が小さいうちから専門的な特定の競技動作指導に偏ってしまいがちな現状を目の当たりにし、それを危惧している、「すくすくトレーニング」で姿勢とバランスのコンディショニングエクササイズを提唱する鶴渕氏は、その理由をさらに問うた。

すると、TVなどの解説でもお馴染みの語り口で駒田さんは、話し始めた。

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