池田久美子さんの子供時代:スクスクのっぽくん

プロに聞く! 池田久美子プロフィール

1981年 山形県生まれ 1993年 酒田第三中学校に入学。 中学1年生から全日本中学選手権の走り幅跳びで3連覇を果たす。 1996年 日本大学山形高校に入学。そのご仙台育英高校に転校。 1999年 福島大学に入学。 2001年 世界ジュニア選手権の走り幅跳びで第3位に輝く。 2003年 スズキ株式会社に入社。陸上競技部に所属する。 2006年 国際グランプリ陸上大阪大会2006で6m86cmという日本記録を樹立。 2008年の夏に開かれる北京オリンピックでの活躍が期待されている。

「趣味は昼寝」

池田さんは大学生のときに受けた雑誌の取材で「趣味は昼寝」だと答えているのだが、昔からよく寝る子供だったという。小学生のころは夜の8時に寝て、朝の6時半ころに起きていた。10時間以上も寝ていたことになる。実際に、小学校の5年生から6年生くらいにかけて身長が最も伸びたそうだ。クラスでも背の高さは大きいほうから数えて3番目から4番目くらいだった。現在の身長は166cmで、女性としては長身である。

なぜ背が伸びたのかをたずねると、しっかりと睡眠をとれるような規則正しい生活をして、ご飯もしっかりと食べていたからだと答えてくれた。そして、それに加えて「牛乳を“飲まされて”いました」と言って、当時のエピソードを教えてくれたのだ。

両親に言われ、最初は嫌々飲んでいた牛乳

ご両親が宅配のビンの牛乳を頼んでいて、池田さんはそれを毎朝飲むように言われていたのだが、「最初は嫌々飲んでいた」という。

「『飲むまで、ここ(食卓)からは立つな』とか、『飲むまで学校に行かせない』とか言われて、いやでした(笑)」

決して強制することなく、走り幅跳びの世界に上手く導いてくれたお父さんの話が冒頭にあったが、その話と今回のエピソードは矛盾しない。要は、「強制すること」と、「強制しないこと」との使いわけの問題だ。牛乳を飲むことによって、カルシウムをはじめとした多くの栄養がとれる。それは成長を助けたり、競技をする上での体作りに役立ったりする。それがはっきりと分かっているから、ご両親が多少強引にでも牛乳を飲まようとしたのだろう。

実際に、池田さんの場合はそれが功を奏して、いつしか牛乳を好きになっていったという。

「給食で出される牛乳も2本とか飲んでいましたね。女の子の中では牛乳嫌いな子が多くて、それが回ってきて、1回の給食で5本飲んだこともあります(笑)」

ハニカミながら、そんなエピソードを教えてくれた。

このエピソードを聞いたあと、運動をする上で必要な栄養素についての造詣も深い「すくすくトレーニング」の鶴渕氏がさらに突っ込んだ質問を投げかけた。

池田久美子さん

カルシウムを意識して取る理由

「成長期に意識してカルシウムをとっていたというのは良くわかるのですが、今も意識してカルシウムをとっているのはなぜですか?」

その質問に対して池田さんはこのように答えている。

「やっぱり競技をしているので練習が多かったり。あとは、跳ぶ競技なので、膝とか関節に負担がかかると思うので。たとえば筋肉がすごくても骨がもろかったら駄目だろうな、と思って今はカルシウムをとっていますね」

ここまで池田さんが食事などから栄養をとる際の心がけについてのお話を紹介してきたが、実は池田さんもかつて食生活が乱れて、苦労した経験があるのだ。

食生活に苦労した時期を乗り越えて

中学を卒業した池田さんは、一人暮らしを始めた。高校に通うためだ。ちょうどその時期から体重が増えていった。

「当時はメチャメチャ食べてましたね。一日に十食ぐらい。朝昼晩の三食を食べて、その合間にお菓子やら菓子パンやら……」

それには理由がある。一人暮らしを高校1年生、15歳の若さで始めたのだ。当時はわからないことだらけ。それでも、洗濯から炊事までをすべて自分ひとりでやらなければならなかった。また、ちょうどその年はアトランタオリンピックが開かれる年だったことも災いした。走り幅跳びの天才少女としてマスコミの取材を受けることもあった池田さんには、オリンピックに出て当然だというプレッシャーが周囲から降りかかってくる。そのため、池田さんはストレスや不安を感じるようになっていった。

「自分の不安な気持ちを抑えるために、どうしよう、どうしよう、安心させなきゃ、と思って……」

食べ物を口にすればするほど、体重は増えていく。体重が増えれば、走り幅跳びをする上でのハンディとなる。だから、お菓子などを口にする際には、当然ながら罪悪感を覚えるのだが、食べたときに「おいしい」と感じることが、自分を安心させてくれる一番の方法だったという。実際に高校時代は、周囲の期待とは逆に、それほどの成長を果たすことは出来なかった。

身体を見直し、トレーニングに臨んだ大学時代

高校を卒業すると、今でも池田さんにとってのトレーニングの拠点となっている福島大学へ進む。
そこで、転機が訪れた。
池田さんが大学1年生のときのことだ。あと5cmほど遠くに跳べば 世界ジュニア”という大会に出場できるのに、あと5cmという距離を跳ぶことが池田さんにとっては大きな壁となって立ちはだかった。そのためにトレーニングを積むのだが、思うような結果が残せなかった。

「練習はずっとしていたので、他にやれることはなんだろうと考えたときに、自分の体を見て、コレじゃあダメだろうな、って気づいて……。とりあえず痩せよう、と」

まずは、間食をやめた。続いて、朝食と昼食の量についてはそれほど制限しないかわりに夕食の量は減らすことに決めた。さらに、寝る前にストレッチや整理体操もするようになった。そして、そうやって自分の決めたことを紙に書いて、自分の部屋やトイレなどのいたるところに貼り付けて、自分を律していったのだ。

「あと5cmっていうのは、そんなに遠くないじゃないですか? それで『やろう』っていう決心がつきましたね」

そこからの活躍ぶりは多くの人が知るところだ。

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