立花美哉さんの食生活:スクスクのっぽくん

プロに聞く! 立花美哉プロフィール

1974年 京都府出身 1978年 水泳を始める 1998年 世界選手権デュエット・チーム2位 ソロ3位 2000年 シドニーオリンピック デュエット・チーム銀メダル 2001年 世界水泳 デュエット・チーム金メダル 2004年 アテネオリンピック デュエット・チーム銀メダル 現在現役を引退し、アメリカで指導者として勉強を重ねている

シンクロ選手の食生活 過酷な練習に耐えられる体

井村さんが指導するのは、シンクロクラブでも上位クラスだけ。そこまでは、他の先生に指導を受けながら上がっていかなければならない。やっと努力が実り、美哉さんが直接指導を受けられるようになったのは中学1年生のとき。実はこの頃から美哉さんの食生活が大きく変わってきたという。

「それまでは、ご飯も一杯で普通だったんですが、シンクロの合宿で食べるのも練習のうちだと指導されたようで、それ以降はよく食べるようになりました」

シンクロは、水中で激しい動きをするため、極端にカロリーを消費する。当然、普通の人よりも多くのカロリーを摂取する必要がある。

立花美哉さんの思い出の品

「しっかり朝食をとった後、お弁当を2つ持って行き、学校で周りの女の子たちの倍はある大きなお弁当を授業の前に一つ食べる。お昼にもう一つ。シンクロの練習の後に電車の中でパンなどを食べ、帰ってきて夕食をしっかり食べる。内容については、クラブの栄養士の先生からアドバイスもありますから、親としてはあまり困りませんでしたね」

普通の人の3倍は食べていた美哉さん。さらに夕食後は、牛乳に生卵、バナナ、プロテインを混ぜた特製ドリンクを飲んでいたという。それほど食べても、まったく太らない過酷な練習。美哉さんはつらいと思わなかったのだろうか。

「つらいと思うときもあったかもしれません。でも練習を休んだことはほとんどありませんでした。それよりも向上心のほうが強かったんだと思います」

立花美哉さんの演技

シンクロを始めるようになって負けず嫌いになったという美哉さん。そこから生まれる人一倍の向上心があったからこそ、厳しい練習にも耐えることが出来たのだろう。そんな美哉さんを綾子さんはどんな思いで見守っていたのだろう。

「ナショナルチームに入るような立派な先輩方がいましたから、その姿を見ながら、付いていって欲しいと思ってはいました。心の中では、将来はナショナルチームになどと思いますよね。親ですからやはり期待はしてしまいますよ。口出しはしないと決めていたため、本人には言いませんでしたが・・・」

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