サッカー日本代表・巻誠一郎の父・昇治さん 母・麗子さんvol.2

プロに聞く! 巻誠一郎プロフィール

1980年 熊本県下益城郡(現・宇城市)に生まれる 1999年 熊本県立大津高校を卒業後、駒沢大学に進学 2001年 ユニバーシアード北京大会に日本代表として選出 2003年 ジェフユナイテッド市原(現・ジェフユナイテッド市原・千葉)に入団 2005年 日本代表に初召集 2006年 ワールドカップドイツ大会メンバーに選出

順位よりも自分に自信を持つことが大切

いまや日本を代表するフォワード・巻誠一郎選手は2年下に妹とさらに、2年下に弟がいる3人兄弟の長男として生まれた。妹は、現在ハンドボールの選手として活躍中で、弟も今春から名古屋グランパスエイトへの入団が決まっている。兄弟3人が全てスポーツ選手という一家。どのように子供と接してきたのだろうか。

子育てに関しては、母親の麗子さんにまかせっきりだったと、父親の昇治さんは語り始めた。

「子供たちが小さい頃は、建築会社の営業をしていたため、平日は出張でほとんど家にいませんでした。ですから大変だったのは妻のほうでしょうね」

では、母・麗子さんは、どのようなことを心がけていたのだろうか。

「特に子育てに関して気をつけたことはありませんでしたが、体が強くて損をすることはないと思い、とにかく何かスポーツをやらせようと思っていました。そこで、誠一郎が幼稚園の頃に水泳を始めさせました。
私が昔水泳をやっていたというのもありますが、他のスポーツをするにしても、心肺機能はあったほうがいいと思いますし、水難事故も怖いですから。」

巻誠一郎さんの子供時代

小学校4年まで続けたという水泳も、周りの子供たちに比べると速い方だったという誠一郎選手。元々、才能に恵まれていたのだろうか。麗子さんが語ってくれた。

「才能ということはそれほど感じていませんでした。特別に飲み込みが早いということもなかったですし。才能よりも努力でカバーするタイプだと思います。水泳に関しても、周りの人が週に1日程度の練習でしたが、誠一郎だけは2回、3回と行って練習していましたから速くなったと感じています。」

しかし、小さな子供が人一倍の努力を続けることは難しい。記録が伸びず投げ出したくなるときもある中、誠一郎選手は、なぜそれほど練習に夢中になったのだろうか。昇治さんの考えを伺ってみた。

「負けず嫌いだったのもあると思いますが、やはり誉められるのが嬉しかったのだと思います。水泳にしても、保育園の園外マラソンでも家に帰ってくると私たちが成績を聞いて、いい結果だったら『凄いね、頑張ったね』と誉めていました。また、結果が優れなかったときは『次にいい結果を出すために、今以上に自分で努力しないといけない』と言ってきました。順位よりも自分に自信を持つことが小さな頃は大切だと思います」

その部分には、麗子さんも共感しているという。

巻誠一郎さんのお父様

「小さいときは、誉められることが嬉しいから、次は今以上の結果を出すように努力するようになりますよね。また、幸運なことに周りの先生たちも長所を見つけてくれる人が多かったと思います。例えば絵にしても、少しでも上手に書けたら『いい絵が描けたね』といってくださる。そういったことが本人にとっては嬉しかったのだと思います」

人一倍努力する巻誠一郎選手の原点は“誉めて伸ばす”環境にあった。

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