五輪・金メダリスト森末慎二さんへのインタビューvol.5:スクスクのっぽくん

プロに聞く! 森末慎二プロフィール

1957年 岡山県に生まれる 1984年 ロス五倫体操、鉄棒で金、跳馬で銀、団体で銅メダルを獲得。 体操選手として活躍し、引退後はニュース番組のスポーツキャスターやバラエティ番組、情報番組に多数出演。ゴルフのシニアプロを目指したり、落語の道を精進したり、体操マンガの原作を手がけたりと、幅広く活躍。 今年からは、九州共立大学の客員教授に就任した。

自分でなんとかすることを教えてくれた母親

森末さんはどんな子供時代を過ごされてきたのだろう。

「運動が好きでしたね。鉄棒だけでなく、身体を動かすことが好きだったから、今の子と違って、学校から帰ったら、ランドセルをポーンっと放り投げて遊びに行く。遊びといっても、テレビゲームなんかないから、山、田んぼ、川を、ただ駆け回っている毎日でした」

お父さんはとても厳しい方だったとか。よく叩かれたということを以前のインタビューで見た。

「話をするにも、母親を一回、通さないと話せない。そのくらい厳しかったですね。小学校3年のときに、一度、僕が捨てられていた自転車を勝手に改造してしまったことがあるんです。でも、その自転車は、捨てたものではなく、近所の人が、置き忘れていただけだったんです。それで親父に気絶するくらい、殴られました。
親父が怒っていたのは、自転車を間違えて改造したことよりも、最初に聞かれたときに『盗んでいない』と嘘をついたことに、猛烈に怒ったんですよね。
そういう人間として、大事なことは、しっかり教えてくれましたね。
また両親とも働いていて“鍵っ子”だったけど、まったく放任かというと、そうでもなく、愛情を持って見守られていた、と いう安心感はありましたね」

見守られていたというのは?

「見守られていたというか、自分で考えることをさせてくれたというか。たとえば、うちの母親は、今日のおかずなに?と聞くと「トンカツだよ」となれば、本当にトンカツだけ。普通なら、サラダがついたり、煮物がついたりするけど、本当にトンカツだけが、食卓においてある。
母親も仕事で忙しかったから、他の料理をつくる時間などなかったのでしょう。他のおかずが食べたいといったら『じゃあ、自分でつくりなさい』となる。そして、作り方を教えてくれる。
だから、僕、子供の時から、自分でご飯をつくっていましたよ、母親がいなくても、お腹が空いたら、自分でつくればいいんだと。
そんな意味では、なんでも揃えて「ハイどうぞ」ではなく、自分で足りないと思ったら、自分でなんとかすることを教えてくれた。そしてなんとかするときには、きちんとフォローもしてくれました」

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