山形弁研究家のダニエル・カールさんへのインタビュー03:スクスクのっぽくん

プロに聞く! ダニエル・カールプロフィール

1960年 アメリカ・カリフォルニア州生まれ。 高校時代に、奈良県・智弁学園に交換留学生として初来日。 パシフィック大学時代に、関西外語大学に留学。 1981年 大学卒業後、文部省の教育指導主事の助手として山形県に赴人し英語教師に。 その後、通訳・翻訳会社の経営を経てタレントに。流暢な山形弁で人気者になる。 NHK教育『すくすく赤ちゃん』の司会を4年 日本テレビ系『ぶらり途中下車の旅』、TBS系『世界ふしぎ発見』 などに出演。 著書、『ダニエル・カールの国際交流入門』(ぎょうせい刊)、『「超・日本人」のススメ』(ミニワールド刊)など多数。 妻、息子の三人家族。 趣味・特技は、子育て、旅行、映画鑑賞など。

日本への興味から山形との出会いまで

のっぽくん
日本に興味を持たれたのが早かったそうですが。
ダニエル
ダニエル・カール「日本に興味を持ったのは、小学校2年生の時に、サマースクールで知り合った日系アメリカ人の女の子。まあ、一目ぼれみたいなものでしょうね。その後、中学生のときに空手を習い始めて、さらに日本に興味をもち、本当の日本に行ってみたいなと。それで高校2年生のときに1年間、奈良の智弁学園に留学したんです。とても楽しい1年でした。初めは言葉ができないから必死でしたけれど、布団の生活は、ベッドより部屋を効率的に使えるし、玄関で靴を脱ぐのも清潔でいい。炬燵もエネルギーの使い方が上手だし・・・・・。唯一、柔道部の上下関係は、納得できませんでしたね。でも、文句は言わなかった。客観的に見るのが、留学生の仕事ですから。」
のっぽくん
その後、大学時代にも来日されていますね。留学費用はアルバイトで稼いでいたそうですね。
ダニエル
「留学費用もそうだけど、学費も全部、自分で働いていました。当時は4つのアルバイトを掛け持ちしながら。働いて疲れて、それから大学のレポートを徹夜で書いたりしていました。留学費用もキュウリの選別場で働き、忙しいときは1日21時間、働いたことがありますよ。でも、楽しかったですね。
何がいいかって、その頃は、目標がはっきりしていること。大学を卒業すること、そして日本に留学すること。そんな目標に向かっているときは、辛いこともあるけど、それは苦労ではないんですよね。自分が選んだ道だから。」
のっぽくん
大学卒業後、文部省の教育指導主事として三度来日され、山形県内で英語を教えていたんですね。
ダニエル
「田舎が好きだから、その話が来たときはすぐに飛びつきました。仕事は山形県内の200校の中学・高校を回って、英語を教えるのが仕事。大変だったけど、大学時代にくらべると、楽なもの。美しい山形県内を旅しながら、仕事ができるんですからね。山形弁を教わりながら。そこで女房とも出会えたし。山形での生活は充実して、とても楽しい3年間でした。」

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